河崎のまちづくり

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ページ番号1005011  更新日 令和2年12月17日

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地区の概要

河崎はかつて、まちを流れる勢田川の水運を活かした問屋街であり、参宮客の食料、雑貨など大量の生活物資を供給する「伊勢の台所(だいどこ)」として栄えたまちです。
しかし、近年の水上輸送から陸上輸送への推移とともに、まちの機能は衰退していくこととなりました。
そして、現在は生活形態こそ変化しましたが、今もなお重厚な蔵や町屋が見られ、往時の面影を残す「どこかなつかしいまち」として親しまれています。


写真:勢田川昔の風景

まちなみ保存運動のおこり

昭和49年、集中豪雨により勢田川が氾濫し、市街地の大半が浸水する大災害となりました。その結果、勢田川の改修計画が持ち上がり、河崎地区からは約90戸が立ち退きの対象となりました。
この計画に反対し立ち上がった住民は、立ち退きの伴わない対案の検討過程において、外部より訪れた人々からまちなみの素晴らしさを指摘され、自分たちのまちを再発見することとなりました。
そして、昭和54年、市民、建築士会及び有識者等からなる「伊勢河崎の歴史と文化を育てる会(以下「育てる会」という)」が発足し、まちなみ保存運動が進んでいくこととなりました。その後、育てる会は「河崎まちなみ館」の開設、「河崎町並み案内板」の設置、シンポジウムや各種イベントの開催を通じ運動を展開していきました。
しかし、その後は、まちなみ保存運動の方向性を見出すことができず、活動が停滞することとなりました。

まちなみ保存からまちづくりへ(河崎商人館の整備のきっかけ)

市は平成9年に市民参加型による「都市マスタ-プラン」を公表しました。
その中で河崎を「歴史文化交流拠点」として、歴史性の高い拠点を再評価し、新たな都市形成の骨格となるべき地域と位置づけました。
また、勢田川を「歴史観光交流軸」と位置づけ、親水性の高い情緒あふれる空間形成につとめることとしました。
これにより、行政計画に位置づけられた河崎のまちなみ保存は、市民と行政の協働によるまちづくりへと発展していくこととなります。

地域まちづくりの体制確立

商人館の基本計画づくりにおいては、地元との協働により活用方法等の検討を行うことで、より地域のニーズに応じた施設を目指すと同時に、地域のまちづくりに対する気運の高揚にもつながりました。
その中、育てる会をはじめ、地域に芽生え始めていた団体が集結し、平成11年に「NPO法人伊勢河崎まちづくり衆(以下「まちづくり衆」という)」が発足しました。
そして、このまちづくり衆の管理運営による伊勢河崎商人館は、平成14年8月にオープンし、まちづくりセンターとして「市民主体のまちづくり」の活動拠点となっています。

今後の展望

河崎のまちづくりは、拠点のひとつである伊勢河崎商人館を核として展開しています。
今後は市民主体によるまちづくり構想の実現に向け、市民と行政がそれぞれの役割分担のもと、「伊勢の歴史と文化を伝えるまち河崎」として、他に類を見ないまちづくりを推進していきたいと考えています。


図:年表


写真:勢田川から見た河崎商人館

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